Concept

手仕事について

今現在、鋳込みや型押し等、画一的な作品が出来る量産的な手法は使わずに制作しています

決してその手法を否定しているわけでなく、自分の手でできるところまで作ってみようという思いです

3Dプリンタなど新しい技術で手仕事までもコピーできる時代を迎えようとしていますが、そこに至るまでの過去とも違う現在を残せるような作品作りを目指しています


適材適所

重要視しているのは釉薬と土と形の相性です

適材適所を見つけるのが自分の仕事だと考えています

この土は、この釉薬は、この形は

シンプルなものでも組み合わせの妙で

出来上がるものがまるで別物です


後付とは見立てなり

日本人は後付けでもなんでも「見立て」が好きだと思う

古来からの八百万の精神が、万物には全ての神が宿るのだと「見立て」た

後付もできない様なモノの方が面白く無いと思うし

想像や解釈の自由を与える「ゆるさ」というものが好きなのかもしれない

無作為で作り、素の自分が溢れでたものを自分の中の時系列に

沿いながら探し、照合していく

そうすると自分自身が再発見される気がします


ひねくれてひねりだす

元々、器に何かをこめるということは特になく

自分が楽しく作って、楽しく使ってもらえればそれでよしと思います。それでも、自分のひねくれたところとか、ちょっと驚かせたいなという思惑は勝手に反映されている気がします

暮らしに寄り添うモノづくりは素敵だと思うし、僕も作るけど

自分の感覚だと全部がそれってあまりになんだか人任せで、もたれかかってる感じがする時があります

たまには、これどういう風に?何に使ったらいんだろう?という謎も提供できたらと思っています


妄想力

想像・創造に比べてあまりいい言葉じゃない「妄想」

釉薬を作る時、ある程度の予想はできるんですが実際にはあらゆる条件があって何ができてくるかはわからない。しかも僕が重視するのは釉と土の相性なので更に複雑になっていきます。

他にも削る時も内側の空間を意識しながら、とか乾燥のタイミングを図ったり、これは焼くと何度落ちていく…等々

全て科学的な反応で証明されると思いますが、でも人間は自分の範疇を超えるモノを神秘とよんで色々と想像を膨らませます。だから精一杯妄想して正解である神秘に近づこうとしてる、と 思える時があります


日常のモノは日常が創る

見聞を広めてうけた外的刺激よりも

日常や自分の内的刺激に影響を受けます

生み出したモノを後から見ると

アレだったという事が多々あります

そして、綺麗な海を見て描いた絵よりも

海を見た事が無い人間が想像で描いた絵の方に

心動かされる、といった性格なのかもしれません


言葉

好きな陶芸家や芸術家は何人かいます

作品そのものを真似たいとは思う事はありませんが

その思想とか言葉には共感するものもあります

その中でも、河井寛次郎という現在の「クラフトマン」の祖先のような方の言葉がとても好きで、いつ見ても僕の考えを

表しているような気持になります


売るという事が始まってからの物の乱れ、

わかりもしない人の好みを相手に作る事からの物の乱れ、

先ず自分の為に作らねばならない、自分を喜ばす物から作らねばならない、それからだ、それからだ